電力自由化とは

電力自由化とは

電力自由化・発送電分離へと繋がる電気事業の歴史

公開日:2016.08.25
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電力自由化・発送電分離へと繋がる電気事業の歴史
日本で初めての電灯は明治11年のことで、灯された明かりに人々は興奮と感動を覚えました。 その後、さまざまな経過があり、2020年までには発送電分離が予定されています。 日本と外国での発送電分離事情を歴史とともに振り返ってみます。

 

戦後約70年、日本では地域毎に1社の大手電力会社がほぼ独占して電力事業を行ってきました。これを変革するのが、「自由に作って自由に運び自由に売る」ことができる「電力自由化」事業です。2020年4月までには大手電力会社から送配電部門が分かれる「発送電分離」が実施されます。
日本ではじめて公の場に電灯が灯ったのは、明治11(1878)年3月25日、工部省電信中央局の開局祝いの席だそうです。政府要人や各国大臣が列席する中、灯されたアーク灯は、興奮と感動のなか数分間点灯し静かに消えていきました。
明治15年には初の電灯会社が銀座に電灯を設置し多くの見物客が集まります。やがてエレベーターや電気鉄道など大量の電力利用も始まり、発電所も多く造られます。大正から昭和にかけ複数の戦争で需要はさらに増え、効率が良く安定した供給のため電力事業は国家の統制を受ける重要産業となります。そして戦後、GHQの意向などにより、地域別電力大手10社が電力事業を独占する体制ができ上がり、そのまま続いていたわけです。

 

アメリカやヨーロッパなどで進められた発送電分離

 

一方、アメリカやEU各国など海外では、国によって事情や歴史が異なるものの、日本より早く発送電分離を含めた電力自由化への取り組みが始まりました。1990年代から規制緩和などの方策が進められ、発電と送電・配電の各部門を分離して、小売りは完全自由化、という流れができていきます。基本的に、消費者が契約するのは価格など自分の好みに合った電力会社です。
ただし、各国が行った電力事業改革がすべてうまくいっているわけではありません。価格競争に勝つために設備投資に資金がまわせず、必要不可欠な修繕さえも省くといった事態も起こり得ます。実際、メンテナンスの不備で大規模停電が起こりましたし、需要を見込んで発電所を作ったものの過剰供給で価格が下がり電力会社の経営が逼迫していく、という例も見られます。

 

日本における発送電分離への過程

 

日本では、海外の状況もふまえ、1990年代から発送電分離を含む電力自由化の議論はありましたが、各界の思惑もあり話は進みませんでした。やっと、1995年に電力会社に卸電力を供給する事業への新規参入が可能となったのが電力自由化の始まりです。以降、大口消費者への新電力・PPSからの供給可能化、電気の売買市場・日本卸電力取引所の開設が続きます。そして、最大の変革は個人消費者が業者を選んで自由に電気が買える2016年4月からの電力小売り完全自由化です。
さらに、日本の電力自由化の最終仕上げが2020年に予定されている「発送電分離」です。既存の大手電力が一括して所有している発送電システムを発電部門と送電部門に分け、送配電網の利用条件が新電力・PPSと同じになることで、価格と供給のバランスがどうなるのかに注目が集まります。

 

11電力自由化・発